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スイスは「退屈な国」?

アルゼンチンの日刊紙ラ・ナシオン La Nacion

アルゼンチンでは今、スイスの「退屈な」平穏が話題になっている。アルゼンチンの市民は、そんなスイスの状況に羨望のまなざしを向ける。

このコンテンツは 2021/09/16 13:46

事の発端は、アルゼンチンのサビーナ・フレデリック安全保障相が発した言葉だった。同氏は釈明しなければならなかった。同国では首都ブエノスアイレス近郊で2人が死亡した強盗事件を機に、犯罪率の高さや、困難な状況に陥っているアルゼンチンの刑務所が今一度話題に上っていた。

そこで、あるラジオ記者は8月30日、(治安の悪さに)怯えることなく生活したい人は移住するほかないだろうか、とフレデリック大臣に質問をぶつけた。すると大臣はこう答えた。「それはない。だが、行くとしたらスイスが良いかもしれない。スイスの方がずっと平穏なのは確かだ」。そして「でも、ずっとつまらない」と笑顔で付け加えた。

サビーナ・フレデリック安全保障相 La Nacion

だが、発言した時のタイミングが悪かったのか、大臣の冗談は大きな波紋を呼んだ。国内で激しい批判が巻き上がり、辞任を求める声も上がり、アルゼンチン全体で国民的議論が勃発した。そして、その議論の中心にいたのが、スイスだった。

この騒動に別の視点から一石を投じたのが、スイス大使のハインリッヒ・シェレンベルク氏だった。同氏はこの件を受け、テニス界のスター、ロジャー・フェデラーさんと米俳優ロバート・デ・ニーロさんが出演するスイス観光協会のPR動画をツイッターに投稿し、「フェデラーの退屈」と書き添えた。ドラマ界のスター、ロバート・デ・ニーロにとってスイスは刺激がなさすぎるため、ドラマのない、つまり平穏な休暇を過ごすには最適、というのがこのPR動画のメッセージだった。

そんな「退屈な国」の大使がユーモラスに平静な態度をみせたことが、アルゼンチンで大いに評判になった。シェレンベルク氏のツイートは拡散、何千回もシェアされ、アルゼンチンのメディアにも取り上げられた。コメントも多く、そのうちの1つにはこう書かれていた。「ブラボー、大使さん!アルゼンチン人の多くは、スイスのような『ドラマのない世界』を望んでいます。誰もが仕事を持ち、すべてが機能し、人々がお互いに尊敬し合い、誰もが大学に行け、最高の交通機関がある。スイスのこうした点がどれも私たちの国でも実現するよう願っています」

大臣の発言を受け、アルゼンチンのメディアはさらにスイス在住のアルゼンチン人に取材の手を伸ばした。ヌーシャテルに住む若いアルゼンチン人のミカエラ・ロペス・ネスチさんは、日刊紙ラ・ナシオンに「退屈とは何か」と聞かれ、「本当の人生とは、安全に暮らせること。友人に会ったときに、どんな休暇だったかと聞けることであり、友人の親せきが先週どんな強盗被害に遭ったのかを聞くことではない。それが退屈であるのなら、私は退屈の方が良い」

また、作家のパブロ・ヴァカ氏はアルゼンチンの日刊紙クラリンに寄稿した「退屈な国に住めたらどれほど楽しいか」という題の記事で、スイスとアルゼンチンを比較した。

1人当たりの所得:8万6千ドル(スイス)、8400ドル(アルゼンチン)

インフレ率:0.7%(スイス)、51%(アルゼンチン)

人口100万人当たりの新型コロナウイルスによる死者数:1246人(スイス)、2472人(アルゼンチン)

若者の失業率:3.5%(スイス)、30%(アルゼンチン)

人口10万人当たりの殺人発生率:0.59人(スイス)、5.36人(アルゼンチン)

アルゼンチンの殺人発生率は高い。同国ロハスで行われた、暴行死した青年(18)の葬儀の様子 Copyright 2021 The Associated Press. All Rights Reserved.

ヴァカ氏は続いて直接民主制に触れた。「スイスでは今年、例えば3月には顔を完全に覆う衣装の着用禁止案と、インドネシアとの自由貿易協定の是非を巡る国民投票が行われた。6月には改正テロ対策法が可決され、温室効果ガスの排出削減案が否決された。9月には同性婚の合法化を巡る国民投票が行われる。退屈そうには見えない」

だが付け加えておくべきことがある。それは、スイス人自身もスイスを本当に安全な国だとは思っていないことだ。グローバル・ピース・インデックスによれば、スイスは世界で10番目に安全な国だが、この順位に胸をなでおろす人はスイスにあまりいないだろう。チューリヒ応用科学大学が18年に実施したアンケート調査によると、過去10年間でスイスで犯罪が増えたと思う回答者は全体の61%に上った。また回答者の68%が、外国人犯罪が増加していると思うと答えた。しかし調査に携わったチューリヒの研究者は、こうした不安は個人的な経験とはほとんど関係ないと指摘する。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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