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黒い氷河ができるわけ

世界の高山を覆う氷河のうち2万9千平方キロメートル以上が塵埃で覆われている。写真はネパールのクンブ氷河 Blazej Lyjak/Alamy

アンデスやヒマラヤの氷河が消滅すると、何億という人々の生活基盤が揺るがされる。氷河融解の力学を理解し、融解がある一方で成長する氷河も存在する理由を説明するには、新しい科学的アプローチが必要だ。スイスで研究を行う、ある専門家はそう力説する。

このコンテンツは 2021/07/23 08:30

その研究者、フランチェスカ・ペッリッキオッティ氏はそろそろ我慢の限界に達しそうだ。最後の調査旅行から2年近くが過ぎ、再び野外調査に出発する日が待ち遠しい。「新型コロナウイルスの世界的流行で、2020年にインドとチベットで予定していた氷河計測計画を中止せざるを得なくなった。今年もどうなることやら」。そう嘆くペッリッキオッティ氏はイタリア出身の氷河学者。17年からスイスの連邦森林降雪国土研究所(WSL)に勤務している。

ネパールのランタン・リルン氷河で計測を行うフランチェスカ・ペッリッキオッティ氏 © Eduardo Soteras

同氏は英ノーザンブリア大学の准教授も務め、ラテンアメリカとアジアの高山氷河を専門としている。「アルプスの氷河についてはよく知られているが、世界の他の地域にある氷河のことはほとんど知られていない。アンデスとヒマラヤの氷河を研究しようと思ったのはそのためだ」

スイスは6メートル浸水

世界の氷河はその標高や緯度にかかわらず、ほぼすべてが薄化し、容積の縮小速度を加速させていることが、4月末に科学雑誌ネイチャー誌に発表された国際的な研究他のサイトへで明らかになった。世界全21万7175カ所に分散する氷河をこれまでにない精度と網羅性で分析したこの研究には、連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)も参加した。

00年から19年までの間に世界で融解した氷の総量は、年間平均2670億トン。ETHZによると、スイス全土が6メートル浸水する水量だ。氷河が最も速く溶けている地域は、アラスカ、アジア、そしてアルプス圏だという。

同時期に氷河融解の減速が認められた地域は、スカンジナビアなどごくわずか。研究者らはその理由を、局地的な降水量の増加と気温の低下を招いた、北大西洋の異常気象だとしている。

被害は数億人に

同研究の筆頭筆者ロマン・ユーゴネ氏は「特に懸念されるのがヒマラヤの状況だ」と危惧する。

氷河の融け水は乾季の間、ガンジーやブラマプトラ、インダスなどの大河の重要な水源となる。「だが、ヒマラヤの氷河が今後も加速して縮小していけば、インドやバングラデシュなど人口の多い国は、10年で水不足や食糧不足に見舞われるだろう」と、ユーゴネ氏は警鐘を鳴らす。

ヒマラヤやチベット高原、カラコルム山脈の氷河は、アルプスの氷河よりずっと巨大だ。そのため影響もより甚大だと、ペッリッキオッティ氏も懸念をあらわにする。「スイスで氷河が消滅すると、山岳地域の生態系や水力発電に影響が出るが、アジアではインドや中国、パキスタン、アフガニスタン、ネパールに住む何億という人々が被害を受ける」

塵埃に覆われたネパールのランタン氷河での野外調査 Francesca Pellicciotti

政権運営が拙劣で、水をめぐる紛争が絶えないこれらの地域では、「氷河は安定を保証する主要要素だ」と、ペッリッキオッティ氏は言う。

5月にネイチャー・コミュニケーションズ誌に発表されたWSLの調査では、たとえ温暖化に歯止めがかかったとしても、アジアの山脈にある氷河の約5分の1が2100年までに融解するという結論に達している。

カラコルムの異常現象

アジアには、産業革命以前と比べ氷河の容積が6割前後減少した地域がいくつかある。ペッリッキオッティ氏によると、これはアルプス圏と同レベルの減少だ。だが、中には例外もある。

たとえば、カシミール地方と中国の間に横たわるカラコルム地方には、00年から10年までの10年間、容積が一定に保たれていた、あるいは増加した氷河がいくつかある。「種々の仮説があるが、これは明らかに現在説明がつかない異常現象だ」

ペッリッキオッティ氏は研究の視野を拡大する必要性を訴え、氷河はもはや一個の孤立した形成物としてではなく、もっと幅広い水文学的な領域の一部として捉えるべきだと説く。その際には、水循環の中で周囲の植物が果たす役割なども顧慮に入れる。

保護するのは数センチの雪

アジア、チリ、ペルーで調査を行う間、氷河の複雑な変遷を身をもって体験したペッリッキオッティ氏は、「どの地域にも特有のダイナミズムがある」と語る。

アルプスでは冬期に雪や氷が蓄積し、夏になるとそれらが融け出す。それに対し、ヒマラヤでは蓄積と融解が同シーズン、つまりモンスーンの時期に発生する。

熱帯気候に属するペルーのアンデス地方では、雨期に降り積もるわずか数センチの雪が唯一、氷河の保護の役目を果たしている。「気温が上昇して雪が雨に変われば、これらの氷河は10年以内に消滅してしまうだろう」

次の動画では、ボリビアで古くから受け継がれる知識と新しい技術で氷河の解け水の維持を試みる様子を伝える。

ペッリッキオッティ氏は現在、まだほとんど知られておらず、これまで科学的なモデルに無視されてきた氷河の現象について調査しているところだ。それは、氷河を覆う塵埃だ。

黒い氷河

氷河の後退に伴って周囲の傾斜面が不安定になり、浸食された岩屑が谷に向かって崩れ出して、氷河の表面に堆積する。また氷の中に閉じ込められていた物質も、融解によって表面へと押し出される。その結果が、黒ずんだ氷河だ。「温暖化とともに、地球の氷河はどんどん黒くなっていく」

チベット高原南東部に連なるカンリガルポ山脈の塵埃に覆われた氷河。2019年10月撮影 Marin Kneib

ペッリッキオッティ氏は同じノーザンブリア大学に籍を置くサム・ヘレイド氏とともに、何千枚もの衛星写真を精査した。その結果、世界の高山地帯にある氷河のうち2万9千平方キロメートル以上が塵埃で覆われていることを確認した。「以前は、このような塵埃が『屋根』代わりになり、氷河を融解から守ると考えられていた。だが今では、これらの氷河も塵埃の屋根のない氷河と同じ速度、あるいはそれより高速で融解していると考えられている」

ヒマラヤにある黒い氷河の1つで表面温度を測ったところ、摂氏40度という数値が出た。「塵埃で覆われた氷河は、白い氷河より熱エネルギーの吸収量が多い。しかし、塵埃に吸収されたエネルギーがどうなるのか、そしてその下にある氷にどのように伝わるのかはまだはっきり分からない。これから、何がこれらの氷河の融解や薄化を招くのかについて研究したい」

(独語からの翻訳・小山千早)

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