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米ロ首脳会談、なぜジュネーブで開催?

Keystone / Salvatore Di Nolfi

バイデン米大統領とロシアのプーチン大統領の初の首脳会談が来月16日、スイスのジュネーブで開かれる。スイスが開催地に選ばれたのには理由がある。

このコンテンツは 2021/05/27 13:02
Fredy Gsteiger, SRF

ジュネーブで両国のトップが顔を合わせるのは、1985年11月に当時のレーガン米大統領と旧ソ連のゴルバチョフ大統領が会談を行って以来初めて。スイスにとっては外交的成功ともいえる。

なぜ、開催地としてジュネーブに白羽の矢が立ったのか。それには、3つの重要なポイントがある。

1つ目はインフラだ。国連欧州本部があるジュネーブは、ニューヨークに次いで重要な国連の拠点。必要な施設もそろっている。ロシアと米国はまた、諜報部門を含む代表部をジュネーブに置く。そして両国の安全の専門家が、現地の状況を熟知している。何かあった場合の要人保護が容易となるわけだ。

2つ目は、これが意味するメッセージだ。米国またはロシアでの開催は、今回は除外された。二国間関係は緊張の一途をたどり、「敵国」への招待を受け入れられる状態ではない。2010年にオバマ・メドベージェフ両氏による米ロ首脳会談がプラハで行われた時とは異なり、北大西洋条約機構(NATO)加盟国という選択肢も、今回はなかった。ロシアはフィンランドがNATOと緊密な関係を強めているとして、ヘルシンキ開催に反対したという話もある。こうした状況を鑑みれば、中立国スイスが当然の選択だった。

3つ目に、米ロと開催国スイスの二国間関係だ。スイスは、西側諸国の対ロシア制裁に加わっていないため、ロシア側から好感を持たれている。米国との関係も良好だ。ホロコーストの資金と銀行秘密を巡る議論で二国間関係が悪化していた時代はもう終わった。ジョージ・W・ブッシュ政権時代、スイスの外交政策があまりにもパレスチナ・イラン寄りであると反感を持たれたことも、もう過去の話だ。

要するに、ロシアにとっても米国にとっても、ジュネーブに反対する理由がなかった。「ジュネーブ精神」と呼ばれる平和共存の理念がこれを機に少しでも復活すれば、全ての人に利益となるだろう。

成果を公に

ホスト国になれたスイスにとってこれは1つの成果だ。二国間の仲介役は、舞台裏のみで活躍するとは限らないからだ。仲介役とて、自分の功績を公にしたいと考えるし、良いことをして、それについて話したい、という思いも抱えている。ジュネーブでは今も多くの重要な会議が開催されている。シリア、イエメン、リビア、最近ではキプロスに関する交渉が国連欧州本部で行われた。ただ、成功と可視性の度合いは青天井ではない。本当に大きな会合は、概してジュネーブ以外の場所で行われた。

過去数十年の間に行われた米ロ首脳会談の場所はレイキャビク、ワシントン、モスクワ、バンクーバーのほか、ヘルシンキ(2回)、リュブリャナ、ブラチスラバ、プラハで、ジュネーブは1985年が最後だ。イランとの核合意が成立したのは2015年のウィーンでだった。トランプ前大統領が北朝鮮の金正恩総書記と会談したのも、シンガポールだった。

首脳会談の開催国に向け準備

国際都市ジュネーブは長い間、トップ会談を望んでいた。スイス連邦政府もこれに向けて尽力し、ようやく実現させた。これにより、ジュネーブの外交都市としての役割が強化される。競争は激しいため、決して無関係ではない。

首脳会談では通常、参加者に1対1の話し合いの機会を与えられる。つまりスイスのギー・パルムラン連邦大統領にも、各首脳らにスイスの利害を表明する機会が得られるだろう。スイスのような小国にとっては、なかなか得られるチャンスではない。

著者の略歴

フレディ・グシュタイガー(Fredy Gsteiger)はドイツ語圏のスイス公共放送ラジオ(SRF)副編集長、外交特派員。地域紙ザンクト・ガラーの外報部、週刊誌ツァイトの中東担当、パリ特派員、週刊紙ヴェルトヴォッヘ編集長を経て現職。

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(独語からの翻訳・宇田薫)

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