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東京五輪「害悪を及ぼしてはならない、その責任がスポーツにはある」

東京五輪は2020年夏に開催される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で1年延期された。一部地域ではいまだパンデミックが続き、大会主催者は関係者全員の健康と安全を確保する方法を模索している Keystone / Kimimasa Mayama

東京五輪の開幕が約1カ月後に迫った。元女子サッカー米国代表の五輪金メダリストで、ジュネーブにあるスポーツ人権センターのメアリー・ハーベイ最高経営責任者(CEO)は、アスリートたちが自身の関心事について発言する権利はあると擁護し、それが人権を前進させるまたとない機会だと話す。

このコンテンツは 2021/06/18 06:00

スポーツには人々の考え方を変える力がある。ハーベイ氏は、自身の経験からそれを身に染みて分かっているという。サッカー米国女子代表チームが1991年のFIFAワールドカップ(W杯)と96年のアトランタ五輪で優勝したことで、かつては男性のスポーツだと敬遠されていたサッカーを、何百万人もの少女がプレーするようになった。だがハーベイ氏は、模範を示すという点で、スポーツの世界は本来あるべき姿からはほど遠いとも言う。

スポーツ人権センターの初代最高経営責任者メアリー・ハーベイ氏 / Photographer: Matt Cohen

「個人的なことなのだが、侵害を受けたアスリートの話を聞くと、自分がいかに幸運であったかを深く感じ謙虚な気持ちになる。スポーツは私自身には多くのことを与えてくれたが、害を与える場合があることも分かっている」

swissinfo.chとのインタビューで、ハーベイ氏はスポーツと人権は単に、アスリートの健康と安全を守ることだけではないと説明する。コミュニティ、ファン、ボランティアたちを含む、競技イベントや日常のスポーツに携わる全ての人が対象だ。主要なプレーヤーは国際サッカー連盟(FIFA)などのスポーツ団体ではあるが、イベント主催者、スポンサー、放送局にも人権を尊重するよう呼びかける。

7月23日に開幕する東京五輪は規模を縮小して開催されるが、新型コロナウイルスの感染拡大リスクを抑え込めるのか、疑問の声は高まる。インタビューはそのさなかに行われた。

メアリー・ハーベイ氏の略歴

メアリー・ハーベイ(Mary Harvey)氏は、スポーツ人権センターの初代最高経営責任者(CEO)。それ以前は、国際サッカー連盟(FIFA)で、サッカー界のジェンダー・インクルージョンの推進に尽力するなど、スポーツ界でさまざまな要職を歴任した。

米国務省スポーツ外交部のスポーツ特使を務め、2026年FIFAワールドカップ(米、カナダ、メキシコの共同開催)に向けて人権戦略の策定を指揮。同大会の招致成功に貢献した。

米国女子サッカー代表チームに8年間在籍。1991年の第1回FIFA女子ワールドカップ優勝、96年のアトランタ五輪で金メダルを獲得。

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swissinfo.ch: ドーピングや汚職、性的虐待など、スポーツを巡り様々なことが報じられています。スポーツにおける「人権」とは何だと思いますか?

メアリー・ハーベイ:私たちは、スポーツの世界と同じ見方をしています。五輪のような競技イベントがあり、トレーニングといった日常のスポーツがある。この中で、どのような危害が起こりうるのか、またスポーツ団体や関連スポンサーなどのグループが、その危害をどう防止し、軽減できるかを検討します。

一例として、私は2026年のW杯招致活動に参加しました。私たちはスタジアムを建設するつもりはありませんでした。私たちが自身に問いかけたのは、主催する都市の平均的な人々の生活が、非常に現実的な意味でどれだけ改善するのか、ということです。スポーツ団体やスポーツイベントに参加する人たちにも自問してもらいたいことです。

swissinfo.ch:これは非常に幅広い問題を含みますが、スポーツ団体はそれらにどう優先順位をつけるべきでしょうか?

ハーベイ:私たちは、ビジネスと同じ原則を使います。つまり最も程度が深刻で、発生する可能性が最も高い危害を最優先する、ということです。これらのいくつかは、現状に応じて対応しています。例えば東京五輪の開催が迫っていますが、私たちはパンデミックの真っただ中にいます。したがって、健康と安全に対する権利が中心的な問題となります。

東京五輪のボランティアは、健康にかかる権利放棄にサインするよう求められています。基本的には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかったとしても、主催者に責任を追及する権利を放棄する、というものです。これにはどのようなリスクがあるのか。また危害を防ぐためにあらゆる措置が取られたのか。病気になった場合はどうなるのか。イベント主催者には、これらについて答えてもらいたい。

swissinfo.ch:アスリートも同様の権利放棄に署名するという提案には同意しますか?

ハーベイ:アスリートとボランティアは金銭的に補償される場合とされない場合がありますが、経済的価値を提供するという点では労働者のようなものです。危害を受けた場合でも雇用主に責任を負わせる権利を放棄する、労働者がそのようなものに署名すると思いますか?

これは大きな懸念事項です。特にアスリートにとって、そして特に心臓血管系に永続的な損傷を与える可能性のある新型コロナウイルスの性質を考えればなおさらです。それがアスリートの動力部分なのですから。五輪ですから、もちろんアスリートは参加して、勝ちたいと思っています。しかし、そこにはこれら全てのリスクが満ちているのです。

swissinfo.ch:東京五輪の出場選手を守るために、十分な対策が取られていると思いますか?

ハーベイ:国際オリンピック委員会(IOC)がアスリート・ハンドブックを出し、それを発展させています。彼らがフィードバックを取り入れているのはとても素晴らしいことです。また、世界中で行われているスポーツイベントや、ウイルス拡散を抑える措置が成功した例や失敗した例など、事例はたくさんあります。しかし、繰り返しになりますが、五輪は特別です。選手だけでなく、世界中から多くの人が集まる大規模なイベントです。このため五輪の問題をほかの状況で試す、ということはおそらく難しいでしょう。

swissinfo.ch:スポーツ界での侵害行為についての報道が絶えませんね。状況は悪化しているのでしょうか。それとも単に耳にする機会が増えただけなのでしょうか?

ハーベイ:以前よりも意識が高まっていると思います。例えば、22年W杯の予選では、選手がフィールドに立って人権を訴えていますよね。また、ラリー・ナッサー(米体操五輪チームの元医師)による性的虐待事件にとどまらず、ニュージーランドやオーストラリア、英国など世界各地で体操選手が名乗り出るなど、アスリートへの虐待事件は増幅しています。私たちがこれだけ多くの事例を耳にできたのは、アスリートが声を上げたからです。アスリートが意思決定と表現の自由を体現したのです。

アスリートたちは、侵害行為や(人種差別反対運動の)「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」や人種的不平等について、また、人々の扱いに問題がある国で開催される競技会に行くことを自分がどう感じるかなどについて、声を上げています。

アスリートが声を上げたことは、私にとって最大の変化だと思います。アスリートの表現の自由は、他の人権問題を浮き彫りにします。だからこそ、アスリートの声が守られることは非常に重要なのです。

swissinfo.ch:表現の自由が抑圧され、権利が尊重されない国では、アスリートは何をすべきでしょうか?

ハーベイ:アスリートは、スタジアムでの行動に注意しなければならない。それは分かっています。映画館の中で火事だと叫ぶことはできない。でも、それは微妙な問題なのです。1968年の五輪では、米国の陸上選手ジョン・カルロスとトミー・スミスが(黒人の力を示威する敬礼をして)大会から追放され、(両選手に同調した)オーストラリアのピーター・ノーマンも強い批判を浴びました。後になって、同じ出来事が、人権に関する重要な出来事として取り上げられるようになりました。数年後には、米国のコリン・ケイパーニックをはじめ、ベラルーシ、イラン、バーレーンのアスリートたちが、個人的に大きなリスクを負って声を上げています。イランのレスリング選手ナヴィド・アフカリは、声を上げたために処刑されました。

一部の事例でアスリートが標的にされるのは、政治システムが彼らを注目度の高い人物だとみなしているからだと考えています。これらのアスリートは平和的に他者の人権を擁護し、それが彼らを人権擁護者たらしめますが、一部は物議を醸す発言だととらえるのです。人権擁護者は非常に特別な存在です。彼らの表現の自由は、それが平和的なものであり、扇動したり危害を加えたりすることを意図したものでなければ、保護されるべきです。

スポーツ人権センターとは?

2018年6月に発足したスポーツ人権センターは、スポーツにおける人権推進を目的とした独立機関で、本部はジュネーブにある。2015年に始まったネットワーク「Mega-Sporting Events Platform for Human Rights」の一環で議論が行われ、発足に至った。

ハーベイ氏はswissinfo.chに対し、15年にメアリー・ロビンソン元国連人権高等弁務官とビジネス・人権の専門家ジョン・ラギー氏が当時のFIFA会長であるゼップ・ブラッター氏に「いつになったらスポーツは人権について対応するのか」と問いかける書簡を送ったことが重要な出来事だったと語った。16年のリオ五輪、14年のソチ五輪、22年のW杯カタール大会に関連する労働者の死亡事故など、複数の大規模大会をきっかけに人権問題がクローズアップされた。

独立機関の設立は、17年にジュネーブで開催された2回目のSporting Chance Forumで決まった。スイス連邦政府はセンターの創設メンバーで、活動を推進する上で大きな役割を果たしているという。

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swissinfo.ch:このような状況下のアスリートを支援するためには、何ができるでしょうか?

ハーベイ:まず、彼らに情報を与えることです。英国のアスリートたちは、人種差別や性差別のコメントを野放しにしているテクノロジー企業に抗議し、ソーシャルメディアの自身のアカウントを4日間停止しました。アスリートたちはソーシャルメディアでブランド化されています。そして「サウジアラビアで競技をすることについてどう思うか」などと聞かれるのです。アスリートはそのような立場に置かれているのですから、まず彼らが問題について情報を得られるようにする。それが私たちにできることです。

また、選手自身がデューデリジェンスを行えるようにサポートすることも重要です。警備サービスを雇うとしたら、そのホテルで働く人や警備会社で働く人の人権状況について、聞いておくべきことはあるだろうか。これは、アスリートが責任ある決断をするための力となります。その一例として、私たちは22年のW杯カタール大会に向け、アスリートやファン向けのデューデリジェンス・ガイドを作成しています。

(英語からの翻訳・宇田薫)

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