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ヒマラヤの時限爆弾、氷河湖

チベット高原にある名もなき氷河湖 Heng Li

ヒマラヤ山岳地帯の各地で、氷河湖の決壊による洪水のリスクが高まっている。だが該当国の間での協力体制は思うように進んでいない。スイスも仲介役として援助活動を行う。

このコンテンツは 2021/07/01 09:30

今から5年前の2016年7月5日、中国のヒマラヤ山岳地帯で自然災害が発生した。チベットのゴンバトンシャコ氷河湖が決壊し、大量の氷河水が山を下った。氾濫(はんらん)する水は国境を越え隣国ネパールになだれ込み、ボテコシ水力発電所を破壊し、中国・ネパール間の高速道路を水に沈めた。

だが国境地域の住民は、中国・ネパールのいずれの当局からも警告を受けていなかった。幸い死者は出なかったが、被害額は推定7千万フラン(約84億円)に上る。

▼英BBCニュースの報道(英語)

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ますます拡大する問題

国際科学雑誌ネイチャー・クライメート・チェンジ他のサイトへに掲載されたジュネーブ大学の最近の研究によると、今後こういった自然災害はより頻繁に起こる可能性がある。ヒマラヤ山脈にある氷河湖の6つに1つは、下流の地域社会に高い、または非常に高いリスクをもたらすという。

国境地帯にある191湖のうち、85%以上は中国とネパールの国境地帯に分布する。そのため2016年に発生したゴンバトンシャコの洪水をきっかけに、国境を越えた協力関係が始まった。

ジュネーブ大学の研究を共同執筆した中国人研究者、郑国雄(チェン・グオシュン)氏はswissinfo.chに対し、「ネパールの水道・電気局から委託を受けた中国の研究チームは、ネパールの科学者と協力し、この災害について詳しい調査と分析を行った」と話す。

だが両国の国境沿いには、決壊の危険性が高い氷河湖が現時点で165湖あること考慮すると、より高いレベルでの協調体制の強化が必要だ。スイス開発協力庁(SDC)は中国・ネパール間の連携を促進するため、現在カトマンズにある国際総合山岳開発センター(ICIMOD)と協力して支援プロジェクトを推進している。

連邦外務省のレア・チュルヒャー広報担当官は、「今はまだ準備段階で、ICIMODが中国とネパールのパートナーと協力して技術的な解明を進めている。コシ盆地のどこに国境をまたぐ氷河湖決壊洪水(GLOF)の最大リスクが存在するか、また早期警報システムでどのように対処できるか調査中だ」と語る。

swissinfo.ch

環境外交

西部ヒマラヤに位置する隣国、アフガニスタンとタジキスタンとの関係は、中国とネパールの協力関係が今後どのように発展するかを占う好材料として注目されている。アフガニスタンとタジキスタンの国境地域に分布する高リスクの氷河湖は現在約5%だが、今後数年間で最大36%まで増加すると専門家は予測する。

この両国でも、問題視されていた高山湖・サレズ湖がきっかけで協力関係が始まった。東部タジキスタンにあるこの湖は氷河湖ではないが、地震によるがけ崩れで形成された。決壊すればタジキスタン、アフガニスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンの最大500万人に被害が出る恐れがあり、地質学者からは「時限爆弾」と呼ばれている。

世界中のメディアが問題を取り上げた結果、タジキスタンは国境を越えた環境問題をめぐる隣国との関係を強化するよう、スイスを含む国際社会から求められるようになった。その際に重要な役割を果たしたのが、ジュネーブ拠点の非営利団体「ゾイ環境ネットワーク」だ。

「これまでは、何か対策を講じるべきだという表面的な合意しか存在しなかった」と、同団体の中央アジア専門家、ヴィクトル・ノヴィコフ氏は言う。「私たちの狙いは、会議や共同探検、技術的な詳細や装備についての話し合いを通し、2国間の協力を促すことだ」

タジキスタンとアフガニスタンはこれまでに、水文学、災害管理、環境保護の3つの越境環境条約を締結した。

「例えば農地への水の供給など、水をめぐる問題は往々にして政治が絡む。そのため情報交換が滞ることがある」とノヴィコフ氏は言う。「しかし、より一般的な水関連のリスクであれば、政治的な考えを切り離せる見込みは大きい。良好な協力関係が双方に利益をもたらすと誰もが理解するからだ」

スイスの専門知識

氷河湖決壊洪水によるリスクを最小限に抑える各国の協力体制が整ったら、次の課題は、その地域に適した具体的な技術的解決策を見つけることだ。その際、スイスの専門知識が役に立つ。

アルプスに位置するスイスは、スイスの氷河湖を対象とした統合的なリスク管理戦略を開発し、すでに数十年の実績がある。センサーを使った早期警報システムや、必要に応じて湖の一部を空にしたり、洪水による土石流を貯めるために谷にダムを建設したりすることを組み合わせた方法だが、例え裕福なスイスでも、120ある氷河湖全てにこういった対策を施す余裕はない。

2008年3~9月に確認されたグリンデルワルド下層氷河湖の変遷

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そのため、専門家はリスクアセスメントを行う。まず湖の危険性を特定し、モデル化によって谷の奥で起こりうる被害を推定。そして災害で発生するコストを見積もる。

ジュネーブ大学の研究者、マルクス・シュトッフェル氏は、「リスク評価とコスト分析を組み合わせ、介入期間を考慮することで、投資に意義があるかを判断する」と説明する。「つまり防止対策で発生するコストと、災害による潜在的な経済的、あるいは人的損失とを比較検討する」

ヒマラヤに特化したソリューション

シュトッフェル氏によると、ヒマラヤの状況はスイスよりも数倍不安定だ。スイスにある氷河湖は百数十湖なのに対し、ヒマラヤ山岳地帯には数千湖が存在する。

その大半がアクセスの悪い地域や、軍が立ち入りを制限する緊迫した国境地帯に分布する。また、ヒマラヤでは谷の傾斜が急で、モンスーン期には大量の雨が降るため、氷河湖決壊洪水の危険性も高まる。

災害防止対策の1つとして、ヒマラヤ山岳地帯の諸国は、氷河湖決壊洪水のリスクが高い地域でのダムや高速道路、橋などのインフラの建設方法を見直す必要ある。「エンジニアがインフラ建設の基準にするリスクが過小評価されている場合が多い。構造物が耐えるべき最悪のケースとして大型のモンスーンによる洪水が想定されるが、こういった氷河湖の決壊は大雨によるモンスーン洪水よりもはるかに大きな洪水を引き起こす」とシュトッフェル氏は指摘する。

場所によっては200年、500年、千年に1度と言われるほどの再現期間になるかもしれないという。しかし山岳地帯のインフラは通常、このような稀な出来事を想定して設計されていない。

同氏はまた、流域で発生する洪水を即座に検知する早期警報システムを設置するよう、ヒマラヤの国々に勧めている。「そうすれば、渓谷の住民が村や低地を離れて安全な場所に避難するために数分、あるいは数10分の時間が稼げる。家屋や集落への被害は防げないが、少なくとも人命を救うことはできる」

タジキスタンとアフガニスタンの国境地帯では、すでにこの技術が導入されている。あとは現地の状況やニーズに合わせて、最適化・調整するだけだと前出のノヴィコフ氏は言う。

緊迫関係を乗り越えて

しかし、隣国同士が冷戦状態の場合はどうだろう。ヒマラヤの2大国であるインドと中国は、最近、国境で軍事的な小競り合いを繰り広げている。このような状況で、氷河湖の氾濫に関する協力関係が期待できるだろうか?ノヴィコフ氏は、データの収集・共有を出来る限り自動化することが解決策の1つになると言う。

国家間の関係が悪化すると、不信感からデータ共有が滞ったり、完全に停止したりすることがある。人が関わる要素が少ないほど、情報共有が政治に左右される危険性も低くなるためだ。

(独語からの翻訳・シュミット一恵)

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