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戦後を代表するドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイス 偽りだらけの過去

ヨーゼフ・ボイスは戦後ドイツで最も注目されたアーティストの1人だ。ボイス生誕100周年に際し改訂された伝記の中では、これまで知られていなかったナチスとのつながりや、彼を押し上げたスイスの芸術出版社やキュレーターの存在が明らかにされている。

このコンテンツは 2021/05/14 10:21

チューリヒ在住の著者、ハンス・ペーター・リーゲル氏はswissinfo.chのインタビューで、全4巻からなる伝記の第2版について語った。改訂版ではボイス自身が作り出した数多くの俗説の真相を暴く。第1巻と第2巻の英語訳は6月30日に出版予定。

伝記ではボイスがナチス・ドイツの青少年団「ヒトラー・ユーゲント」のメンバー、そしてドイツ空軍の志願兵だったことや、ナチスの元将校や銀行家、実業家と生涯に渡ってつながりがあったことが紹介されている。

政治に深く傾倒していたボイスは、独デュッセルドルフ芸術アカデミーの教授だった1960年代初め、従来の決まりごとやヒエラルキーを破って注目を集めた。公共の場でのパフォーマンスにのめり込み、70年代には先頭を切って環境保護運動を行っていた。こういった動きの中からやがてドイツの環境政党、緑の党が結党するが、ボイスは最終的に緑の党から追われることになる。

以下の映像はドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)のアーカイブが保存していた、71年にバーゼルで行われたボイスのパフォーマンスの様子を撮影したものだ。

しかし、ボイスが自身の人生に関して語っていたことは実は全くの虚構で、86年の彼の死後も長い間、疑う余地なく信じられていた。リーゲル氏が初めてボイスに出会ったのは73年のことだ。ボイスをよく知る同氏は、40年後の2013年にようやくボイスの人生や作品、政治、哲学に関する数々の俗説を覆す伝記を出版した。

作家、画家、映画製作者のハンス・ペーター・リーゲル氏。独デュッセルドルフのボイスと同じ地区で生まれ育った。1989年よりスイス・チューリヒ在住 © Samuel Schalch / Tages-anzeiger

swissinfo.ch:私が2014年に著書を読んだときは、ボイスがナチスだったか盗作者だったかと言う以前に、私たちが思っていたよりもはるかに複雑なアーティストであり、そのような人格だった、という印象を持ちました。

ハンス・ペーター・リーゲル:ボイスは精神的に病んでいたのかもしれません。状況証拠は、ボイスが深刻な心理的問題を抱えていたことを示しています。心的外傷による後遺症の専門家アンドレアス・メルカー教授は、自分の見方ではボイスは病人だ、と言っていました。問題は、ボイスには2つの顔があったことです。先見の明があり、左翼であり、緑の党支持者であり、先進的という公の顔を持つ一方で、真の顔は非常に保守的でした。過去に固執し、現代音楽や現代的な行動様式を好まない厳格なドイツのロマン主義者でした。

ボイスはまた、多くの点で嘘つきでした。自分は単にアーティストなのだから、自分の伝記を自由に創造しても罰は当たらないとよく言っていました。大学で自然科学を学んでいたことも、戦場での経験も、国家社会主義者(ナチスのこと)としての過去も偽りでした。全て嘘だったのです。

ボイスは多くの場面で、自分は戦争の英雄で沢山の勲章を与えられ、(戦功のあった軍人に授与された)鉄十字章まで持っていると発言していました。だが一度も重傷を負ったことはなく、したがって戦争の英雄でもありませんでした。なぜそのような嘘をつく必要があったのか、私には理解できません。

「人民投票による直接民主主義のための組織」で活動していた元ナチス親衛隊員のカール・ファストアーベントの隣に座るボイス(中央) Reproduction

swissinfo.ch:彼の伝記を執筆する上で、一番苦労したことは?

リーゲル:まず、個人的な結びつきが足かせになりました。ボイスをよく知っていたし、彼のことが好きだったから。彼はとても親切な人でした。ベルリンのドイツ歴史資料館に行くと、ボイスの資金提供者だったカール・ファストアーベントに関するナチスのファイルが私のテーブルに置かれました。その瞬間、ボイスがいかにナチスと密接な関係にあったかを理解したのです。ボイスに対して全く別のイメージを持っていたので、本当にショックでした。

他の人たちと同じように、私もボイスが真の緑の党支持者であり、左翼的なビジョンを持つ人物だと思い込んでいました。デュッセルドルフの芸術アカデミーやある界隈では、ボイスがゲルマニストのカルト、つまりドイツの古い英雄を崇拝するカルト集団に非常に近いといううわさがあることは知っていました。

出版社とは何度も話し合いました。これ以上掘り下げると、彼のイメージを完全に壊してしまう恐れがあったためです。出版社もそれを懸念していました。誰もが大問題になると分かっていました。ところがドイツの(ニュース週刊誌の)シュピーゲルは、5ページにわたり批評を掲載し、私の調査結果を強調しました。ファクトチェックを非常に重視するシュピーゲルが、です。

swissinfo.ch:欧米の戦後アートシーンにおけるボイスの重要性を考えると、なぜこれまであなたの伝記が翻訳されなかったのでしょうか?

リーゲル:初版には契約上の問題もありましたが、興味を持ってもらえなかったことも事実です。ボイスは米国では既に死語です。

ボイスが79年にグッゲンハイム美術館で大規模な展覧会を開いたときの評価は酷いものでした。米国の文化シーンではユダヤ人の影響力が非常に強く、ベンヤミン・ブッフロー氏のようなユダヤ人批評家の多くは、ボイスを額面通りには受け取らなかったのです。[…] 以来、ボイスは米国ではある種のペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない人物)のレッテルを貼られました。

swissinfo.ch:ブッフロー氏は、批評の中からいくつかのコメントは撤回したものの、ボイスが表面的で、真面目なアーティストとは到底思えないという主張は譲りませんでした。

リーゲル:その通り。でも米国人はかなり早い段階で、ボイスが遊び半分でアウシュビッツを取り上げたに過ぎず、あまり深く考えていなかったことを認識していました。多くの作家は今もなお、ボイスの世界をホロコーストのある種のカタルシスだと表現しようとしていますが、それは間違っている。ボイスはホロコーストと真摯に向き合うつもりなど全くなかったのです。

1979年、ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催されたボイスの展覧会 akg-images

swissinfo.ch:ボイスはスイスとどれくらい深いつながりがあったのでしょう?

リーゲル:ボイスを最初に売り出したのは、ディーター・ケップリン(スイスの美術史家・美術館キュレーター)でした。誰もがボイスをペテン師と呼んでいた頃です。ケップリンのおかげで、ボイスは美術界から真面目なアーティストとして認められるようになりました。その後、(キュレーターの)ハラルド・スツェーマンが現れます。デュッセルドルフの芸術アカデミーには、ディーター・ロートなどスイス人が多く在籍していたこともあり、2人は60年代からの知り合いでした。ちなみにボイスは、ディーター・ロートや(スイス人アーティストの)ダニエル・シュペリからも多くのアイデアを盗んでいます。

swissinfo.ch:ボイス氏は直接民主制をどう考えていたのでしょうか?

リーゲル:これも大きな誤解の1つです。直接民主制を巡る運動は、特にドイツでは非常にポピュリズム的な形態を取っています。ひねくれた言い方をすれば、大衆の努力が非常に基本的な方法で民主主義自体に対抗する形で利用されているのです。これは非常に危険です。スイスの直接民主制でさえ、間違った方向に進む危険性があるのです。そしてドイツ人は、この状況がどれほど危険なのかを理解していません。右派が自らの要望を満たすためにこの運動を推し進めているからです。

ですが、ボイスは全く別の視点から運動に参加しました。それが問題なのです。ボイスは政府や議会主義、政党を真っ向から否定し、それらを全て破壊して、この草の根民主主義を構築しようとしました。しかし彼の直接民主主義の考え方は、普通の人は愚かだが選挙権があるので、事情の分かる一種のエリートがその上に立たなければならない、というものでした。つまり、結局は一般大衆の上に少数の人間が立つ、というものだったのです。

swissinfo.ch:ではヨーゼフ・ボイスは結局、後世に何を残したのですか?

リーゲル:ボイスの重要性は過小評価すべきではありません。芸術の扉を開き、芸術を公共の場に持ち込み、芸術をメディア化した彼は、まるで全ての矢を一身に受けた聖セバスチャンのような存在でした。彼は最前線にいました。芸術アカデミーを「脱アカデマイズ」しました。彼が「人は誰もがアーティストである」と発言したとき、皆がそれを誤解しました。彼は、全世代のアーティストにとって非常に重要な教師だったのです。

彼の作品は間違いなく独立した価値があると思います。インスタレーションも、その中のいくつかは本当に素晴らしい。これらは全て変わらぬ価値を持ち続けるでしょう。でも、彼のアートは社会的な文脈の中に置いて理解すべきです。でもそれらは未だに間違った文脈の中にあり、それを読み取ることも理解することもできない。それが問題なのです。ボイスという人間の真の姿、政治思想家としてのボイス、そして作品の背景を受け入れない限り、彼の芸術について真剣に語ることはできないのです。

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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