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世界中で試練に立たされる表現の自由

スイス国民投票、表現の自由に貢献?

国民投票の支持集めでは、自分たちの主張を聴いてもらうために体を張る人も少なくない。ジュネーブ州で4月に提起された住民投票では、植林や公共交通機関の改善を大々的にアピールする人々の姿があった Keystone/Martial Trezzini
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シリーズ 表現の自由, エピソード 2:

スイスで年4回行われる国民投票は、表現の自由の促進にどう貢献しているのか。現代の直接民主制は、市民の声が社会に届くのにどんな役割を果たしているのか。スイスの事例から学べることは多い。

このコンテンツは 2021/07/08 08:30
swissinfo.ch

スイスの近代史を見ると、連邦レベルの国民投票は約700回行われた。いずれも一般市民が既存の法律に異議を唱えたり、憲法の改正を提案したりする内容だ。

公式の統計では、憲法改正を提案するイニシアチブ(国民発議)が455件、議会が承認した法案に異議を唱えるレファレンダムが約240件、投票にかけられた。期間内に必要な署名数を集められず、とん挫した提案も多い。

この数の多さを見れば、スイスの市民の政治参加はどこの国よりも秀で、表現の自由の天国だーーという評判はもっともだ、と思うかもしれない。

しかも、国民投票の議題は社会、政治、経済に大きな影響を与える問題だけでなく、サマータイムや無条件のベーシック・インカム牛の角など一見すると緊急性の低い問題も含まれているため、自由度が高そうに見える

スイスでは6月13日、新型コロナウイルスで大打撃を受けた企業、機関、個人に対する国の財政支援の法的根拠となるCOVID-19法が国民投票にかけられた。この種の法律が国民投票にかけられたのは世界で初めてだが、それも何ら不思議ではないだろう。

特異だったのは、今年末までの時限立法であるCOVID-19法に敢えて異議が唱えられたことだ。反対派の多くは、ワクチン接種や連邦政府の権限拡大など政府の感染対策全般に抗議する絶好の機会と意気込んだが、投票では60.2%の賛成で可決された

表現の自由が問われた投票は?

過去173年間をさかのぼると、スイスで表現の自由の「限界」を明示的に定めた国民投票は、人種差別撤廃法が可決された1994年と、同性愛者への差別の刑罰化案が可決された昨年の2回だけだ。

しかし、広義の言論の自由の制限となると、数はもっと多い。宗教的少数派の権利に関する提案(最近のものと19世紀のもの)、1930年代の検閲、公共放送の規制などはほんの一例だ。

ベルン大学の政治学者で、同大政治学研究機関アネ―・ポリティーク・スイスのマルク・ビュールマン氏は、表現の自由が間接的に関わる事例は多いと指摘する。

同氏は「表現の自由は、投票の主な焦点ではなかったかもしれない。だが、基本的な権利に関するより大きな議論の一部だった可能性がある」と話す。

諮問委員会への制限や、投票キャンペーンにおける政府の役割、また公式の投票ブックレットの内容などについての議論がその一例だという。

また、9月には同性婚を合法化する法律が国民投票にかけられる。これは連邦議会の決定に反対する右派・保守派政党がレファレンダムを提起し、国民投票に持ち込んだ。

国民投票が政党の宣伝媒体に

イニシアチブの焦点や、投票キャンペーンでの主張も考慮すべき点だ。何を言っても良いのか?どんな問題でも例外なく国民投票に持ち込めるのか?そうでないとしたら、誰がその制限を決めるのか?

ビュールマン氏は、立ち入ってはならない分野は基本的に人格権の侵害やプライバシーの保護だけだと話す。

ローザンヌ大学の政治学者で、スイス社会科学専門家センターのゲオルク・ルッツ所長は「スイスは、市民のイニシアチブに関しては非常に寛容だ」と同意する。

同氏は「反人種主義の基準に基づく制限を除けば、ほとんど何でも許される」と指摘。ただ(投票キャンペーンでの)要求や特定の宣伝文句には、基準に適合しているのか否かがはっきりしない、大きな「グレーゾーン」があると話す。

同氏は一部のグループ、特に右派政党が、この自由な慣行を大いに利用していると話す。その最たる例が、過去10年間に投票が行われた「ミナレット新設禁止」と「ブルカ禁止」で、発起人らはこの2件の物議を醸すイニシアチブで「公然とイスラム憎悪を訴えた」と話す。

同氏はまた、政治団体が自身の政治的アジェンダを設定したり、自分たちの中核的なテーマを押し出したりするための「発射台」になっている、と強調する。

イニシアチブのためのレッドカーペット?昨年4月、自転車走行レーンの増設を求めるチューリヒ市のイニシアチブキャンペーン Keystone/Ennio Leanza
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スイスでは実際どうか

しかし、スイスの近代的な直接民主制は、政治エリートではないグループが政治の表舞台に立つことを可能にしている点でも、ユニークだと言える。

ビュールマン氏は「少なくとも理論上は、あらゆる人のあらゆる意見を社会の中で可視化するツールだ」と言う。

しかし現実は異なる。あるグループが自分たちの声を社会に届けることができるかどうかは、政治的影響力、組織的なスキル、(資金的な)リソースなど、さまざまな要因に左右されるからだ。

ルッツ氏は、このような要因はスイスに限ったことではないと言う。 また、国民投票を「表現の自由を確保するための政治的推進力として美化するのは、明らかに間違っている」と話す。

アルペン・イニシアチブは、アルプスを越える道路交通の制限を目的に提起された。1994年の国民投票で可決されたが、現在も完全には実現していない Keystone / Rolf Schertenleib
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投票は異なる意見を聞くことができる舞台だ。 しかし、ビュールマン氏によると、注意しなければならない重要なポイントがある。それは、すべての議論や特定のテーマが全く公の場に出てこないことが往々にしてある、ということだ。 

ビュールマン氏は「これは機会の損失であり、一般市民にそのような場を提供するためにもっと努力すべきだ」と話す。 3年前に牛の除角に反対の声を上げた農家がいるが、これは例外のケースだ。

ほとんどの場合、イニシアチブやレファレンダムを立ち上げても必要なリソースや政治的な協働者がおらず、早々にとん挫してしまう。

国際比較

スイスは国民が連邦レベルの国民投票を行う権利を持つが、これはそこまで特別ではないように見える。しかし、リヒテンシュタイン研究所他のサイトへの「直接民主主義ナビゲーター他のサイトへ」によると、さまざまなレベルでこうしたツールを提供する40カ国では大きな違いがある。 

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直接民主主義へのナビゲーターのデータを元に作成した2つ目の地図によれば、拘束力のある国民投票のシステムを持つ国が約50カ国ある。

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政府に対する信頼の喪失 

最後に、システムの欠陥に目を向けよう。それは政治的意思決定プロセスにおいて、全市民が発言権を得られているわけではない、という点だ。

参加と対話の専門家、コルデュラ・レイマン氏とアンドレア・フーバー氏は、現在の新型コロナウイルスの大流行とその政治や社会への影響が、政治的な二極化をもたらしただけでなく、反政府感情が高まり、新たな抗議運動が出現したと指摘する。

この「憲法の友」と名乗るグループは、特にCOVID-19法に関する国民投票で、にわかに重要な役割を果たすようになった。 こうした人たちは人々の心に隠れた不安を訴える非公式グループを無視せず、早い段階で、しかも彼らの懸念が投票の議題になる前に(意思決定プロセスに)反映されるべきだと主張する。  

フーバー氏によると、6月13日の投票結果は注目に値するものだった。約40%の有権者が同法に反対票を投じ、反対派は政府の施策や公共メディアとの戦いを続けると誓ったからだ。

同氏は「これは過小評価されるべきではない。政府に対する信頼のなさの表れだ」と話す。

重点グループとオンラインで対話 

フーバー氏は、根拠のない疑惑を広めて表現の自由を損なう反民主主義勢力がさらに強化されることのないよう、当局には対策を講じてほしいと話す。

同氏は「(政治の)二極化に対する重要な解毒剤として、スイス連邦政府は新たな(市民)参加の形態を検討し、社会運動との対話を確立すべきだ」と話す。 同氏によれば、多くの人々がコロナ危機に不安を感じており、それがソーシャルメディアを中心に反民主主義的な考えが広まる温床になっている。 

同氏は、市民社会と定期的に意見交換するオンライン対話プラットフォームの設置や、重点グループの設置を提案する。昨年のパンデミックの最初の段階はそうした枠組み作りの良い機会だったが、政府はそれを逃したと批判する。 フーバー氏は、政府はコロナ対策を講じるに当たり伝統的な政治団体や機関と協議するばかりで、特別な支援を必要とするグループ、特に障害者、養護施設の人々、子供や難民らが協議の場から除外されていたと話す。

(英語からの翻訳・宇田薫)

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