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スイスのテロ対策法、活動家の脅威になるのはなぜか?

Ti-press / Alessandro Crinari

危険、効果なし、専門性なし--。スイスの改正テロ対策法が厳しく批判されている。テロリズムの定義が広すぎて一部の政治活動家を危険にさらす可能性があると指摘する専門家もいる。このような意見は単に不安を煽っているだけなのか、それとも根拠ある懸念なのか?swissinfo.chが調査した。

このコンテンツは 2021/07/19 06:00

「新たな反テロ法でスイスのタミル人活動家が標的になるのではないかと危惧している」。スイスで生まれ育ったバーゼル在住のニザーサンさん*は言う。スイスのタミル人青年団体「フェニックス-次世代(Phoenix- the Next Generation)」で、スリランカの少数民族タミル人の民族自決を求めて戦っている。

ニザーサンさんは「私たちの政治活動を理由に、スリランカ政府は私たちをテロリストとみなしている」と話す。スリランカのテロ防止法(PTA)で逮捕されるリスクがあるため、母国への渡航を避けている。この法的基盤はコロンボで2019年、約280人が死亡したイースター(復活祭)の連続爆破テロ事件を受けて拡大された。人権活動家らは、反体制派の抑圧に適用される恐れがあるとしてこれを批判している。

スイスで6月13日に実施された国民投票で、「警察のテロリズム対策措置に関する連邦法(PMT)」が可決されたことを受け、ニザーサンさんは自身の政治運動が理由でスイスから「潜在的テロリスト」に登録されるのではないかと恐れている。その情報が外国の情報機関と共有されれば、タミル人活動家やその家族が危険にさらされる。「スリランカだけでなくインドやマレーシアに渡航した人も、私たちとつながりがあるというだけで拘束される可能性がある。それらの国では拷問を受けることだってある。スイスとは状況が違う」

危険な法律

一見、不安を煽るシナリオに見える。スイスは法治国家であり、自らを民主主義の模範と自負している。何の罪も犯していない人物が潜在的なテロリストとして分類されるとは考え難い。

だがタミル人活動家らの懸念は、国連人権理事会の拷問に関する特別報告者ニルス・メルツァー氏も共有している。「私はこうしたケースを毎日扱っている。人権が守られていない国々では、出所さえ分からない『潜在的テロリスト』のリストに名があったというだけで人々が姿を消している」と言う。特にパキスタンでは1日平均2人が治安部隊により行方不明になっていると指摘する。

スイス政府が情報を国内に留めておくとは考えられない。メルツァー氏は「今日、外国の情報機関の協力なしにテロと戦うことはできない。この種のリストは共有される。それは情報法にも規定されている」と話す。

専門性を欠く法律

具体的には、改正法により連邦司法警察省警察局(Fedpol)は脅威になる恐れのある人物に対し、様々な措置を取れるようになった。聴取、定期的な出頭、自宅軟禁などを強制することができる。テロを未然に防ぐという目的では、確かに素晴らしい。だがメルツァー氏は、「私自身、テロで同僚を亡くした。行動を起こすなとは言わないが、それは専門性のあるやり方で実践されるべきだ」と強調する。

「今やスイスのテロリズムの定義は他のどんな法治国家よりも広く、曖昧だ」

ニルス・メルツァー、拷問に関する国連人権理事会特別報告者

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主に問題とされているのは、改正法におけるテロの定義だ。「国家秩序に影響を与えたり、変化させたりすることを目的とした行為、及び、重大な犯罪やそのような犯罪の脅迫または恐怖の拡散によって達成されたり促進されたりする可能性のある行為」とされている

メルツァー氏は、世界のあらゆる国では、テロリストとみなされるには政治的な理由のために、恐怖を拡散する目的で暴力的な犯罪を犯す意図を持っていなければならないと説明する。「今やスイスでは、犯罪を犯す意図がなくても『潜在的テロリスト』に分類される可能性がある。この国のテロリズムの定義は他のどんな法治国家よりも広く、曖昧だ」と嘆く。そして独裁国家がスイスの法律から着想を得るのではとさえ危惧している。「スイスは恐ろしい手本を示している」

その結果、この定義はあらゆる分野の活動家を不安にさせていると述べる。特にタミル人、クルド人、チベット人、イスラム教徒の活動家や、環境活動家について言及した。

政府の約束

「警察のテロリズム対策措置に関する連邦法(PMT)」の国民投票を控え、カリン・ケラー・ズッター司法警察相は、対策措置が活動家には適用されないことを約束した。フランス語圏の日刊紙ル・タンのインタビューで、「潜在的テロリストとみなされるには、真に脅威となる存在でなければならない」と断言した。

Fedpol もまた安心させようとしている。フロリアン・ネフ報道官はswissinfo.chに対し、「過激な思想を持っているだけではテロ対策措置の対象にはならない」と書面で回答した。さらに、改正法は潜在的テロリストのリスト作成を想定していないと明言し、「観察可能な事実に基づき、常にケースバイケースで評価を行う」としている。

スイスは民主制国家として反テロ法を差別なく適用すると考えられるものの、今では「好ましくない」活動家を標的にする法的根拠がそろった。メルツァー氏は政府の約束に確信が持てない。「最初のうちは間違いなく改正法は適切に適用されるだろう。だが当局は、与えられた裁量をますます利用するようになるだろう」

メルツァー氏は、兵役ボイコットを呼びかけた環境活動家らが5月末に家宅捜索を受けた事例を挙げ、政府がすでに改正法施行前から抑圧措置を取っていたと指摘する。何らかの危機が発生して政治状況が変われば、この種の法律が拡大適用されるようになると考えている。「パンデミック(世界的大流行)で緊張が高まり、新型コロナウイルス陰謀論者がテロリストとして扱われることだって想像できる」

「フランスでは(パリ同時多発テロ事件後の)非常事態宣言下の措置で主にアラブやイスラムのコミュニティが標的にされた」

ナディア・ボーレン、アムネスティ・インターナショナル・スイス支部広報担当者

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現段階で同法の乱用を防ぐ監視策を導入することは困難だ。メルツァー氏は「法律を明確にし制限する法令の設定が非常に重要だ」と主張する。だが内閣にその能力があるかは疑わしいという。過去に、約90万人の市民への違法な監視が発覚した1989年のフィシュ・スキャンダルや、最近の暗号化企業クリプトのスパイ関与疑惑を例に挙げ、「これらのスキャンダルで、政府が情報機関の行動を全て把握してはいないこと、法治国家でありながらそれをコントロールできていなかったことが明らかになった」と指摘した。

フランスの例

ジュネーブ大学のフレデリック・ベルナール教授(公法学)もまた、同法は政治活動の脅威になり得ると見ている。フランスではすでにその兆候が確認されており、「2015年のパリ同時多発テロの後に政府に与えられた特別権限が、気候変動活動家の自宅軟禁命令に使われた」と振り返る。その1例が早期からの環境活動家のジョエル・ドマンジュ氏で、人権団体アムネスティ・インターナショナルのウェブサイトに証言が掲載されている。

同団体もまた、スイスの反テロ法は恣意性への扉を開くと考えている。スイス支部の広報担当者、ナディア・ボーレン氏は「差別的な基準で逮捕される危険性がある」と言う。フランスはすでに経験済みで、「(パリ同時多発テロ事件後の)非常事態宣言下の措置では、主にアラブとイスラムのコミュニティが標的にされた」と述べる。

効果のない措置

では法治国家に譲歩するような法律は、スイス国内のテロ攻撃を防ぐことはできるのか?メルツァー氏は、同法には効果がないと考えている。想定されている予防措置は基本的に悪くはないが、「その人物がテロ行為を行うという具体的かつ現実的な兆候に基づいて」のみ予防措置を講じることができると規定されているため、過激化プロセスにおいては介入が遅すぎるという。

「テロ行為を起こそうとするテロリストを自宅軟禁で脅しても意味がない。過激化した者は自らの命を犠牲にする覚悟があるのだから」

*仮名

(仏語からの翻訳・由比かおり)

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