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ザンジバルがスイス人の逃避地になった理由

ザンジバルでビデオクリップを制作中のレンデル・アーネルさんとヤスミン・ファイアーアーベントさん Isolda Agazzi

それぞれの計画を胸に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を逃れ、アフリカ東海岸にあるザンジバル島に渡ったスイス人の若者たち。しかし、いつしかこの島にも不安が忍び寄ってきた。現地の様子を伝える。

このコンテンツは 2021/04/04 06:00
Isolda Agazzi, zurück aus Tansania

ストーンタウン近郊の海辺にあるムトーニ宮殿遺跡。かつてザンジバルの初代スルタンが建てたものだ。遺跡の柱の間を歌い踊る地元の若者たち。それを1人のカメラマンが撮影している。ビデオクリップを作るためだ。遠くで鳴り響く雷鳴が、図らずも映像に低音を添えている。

ここには人を引きつける魅力がある。ビデオクリップの主役は、チューリヒ出身の歌手ヤスミン・ファイアーアーベントさんだ。彼女は「チューリヒではケータリング会社を経営している。ストリートフードと音楽が仕事だ」と話してくれた。しかし、コロナの感染拡大で全てだめになってしまった。「それでタンザニア行きを決めた。タンザニアは検査をせずに済む、世界でも数少ない国だから」

コロナフリーの楽園

新型コロナウイルス感染症COVID-19罹患の噂があったタンザニアのジョン・マグフリ大統領が、今月17日、急死した。同大統領は昨年4月、タンザニアは祈りと断食、薬草で新型ウイルスを克服したと宣言していた。同国がコロナウイルスの存在を半ば認めるようになったのは、今年2月になってから。ザンジバルのセイフ・シャリフ・ハマド第1副大統領もコロナで死亡している。

それまで不安を感じる人はいなかった。ザンジバル北部にある人気レストラン「ケンドア・ロックス」では大みそかを祝うパーティーが開かれた。ファイアーアーベントさんは「ウイルスの心配も無く、皆生き生きと自由を味わっていた」と振り返る。彼女はこのパーティーで映画プロデューサーのサイードさんに出会った。

「彼は私が歌っているのを見て、レコーディングスタジオに連れて行ってくれた。ザンジバルのテレビ局も入っているスタジオだ」。彼らは撮影を始めた。「短期間で2曲が完成し、そのうちの1曲のミュージックビデオを撮影することになった」(ファイアーアーベントさん)

チューリヒ出身の歌手ヤスミン・ファイアーアーベントさんのビデオクリップの1シーン Isolda Agazzi

ウイルスへの不安は?「ない。ここでは皆が普通に生きている。私は自分自身でこの生活を選んだ。自分の免疫力の強さには自信があるし、楽しく過ごしていれば免疫力はもっと強くなる。アパートに閉じこもる生活など考えられない。アフリカ、特にタンザニアには普通の生活がある」(ファイアーアーベントさん)

故郷の「不安」から逃避

撮影セットの製作を担当しているのはレンデル・アーネルさんだ。スイスでは体育教師の傍らアートの分野、特にボディーペインティングの仕事もする。しかし、パンデミックでそれもできなくなった。アーネルさんは「教師としての収入がある自分は運が良い。しかし、自分の精神のためにはバランスを取ることや自己を表現することが必要だった。スイスを覆う不安の空気から逃れたかった」と語る。

アーネルさんは、ここでの滞在を終えたらザンジバルの良い「気」をスイスに持ち帰りたいと考えている。「アーティスト仲間の多くが先の見えない不安の中で暮らしている」

ウイルスへの心配は?アーネルさんは「ウイルスが存在していることは分かっている。私の家族にもそれが原因で亡くなった人がいる。このウイルスと私たちは共存していかなければならないだろう。社会には警戒心だけでなく、お互いへの思いやりが必要だ。恐怖心を持ったまま解決策を見つけるのは難しい」と話す。

「世界で唯一の場所」

朝の撮影を脅かした嵐の気配は霧散した。夕方のザンジバルの首都にはそよ風が吹いている。路地裏には、島で唯一の音楽学校「ダウ・カントリーズ・ミュージック・アカデミー」の方角から伝統音楽「ターラブ」の音が流れてくる。

その音楽は、街にある無数のモスクが礼拝を告げるたびに鳴り止む。するとヒンドゥー寺院の鐘と広場にある2つの教会の鐘が重なり響き合う。何世紀も前からザンジバルでは、アフリカ、アラブ、インド、ペルシャの影響が入り混じってきた。

古い宮殿を改装したホテル「エマーソン」。ルーフテラスからの眺め Isolda Agazzi

床にはオリエンタル調の刺繍(ししゅう)を施したクッションが並び、そこに腰を下ろした観光客たちがこの土地の魔力に浸っている。港をゆっくり通り過ぎるのは、典型的な白い三角帆を張った数隻のダウ船だ。

チューリヒ出身の22歳、アンドレアスさんもその中にいた。彼は3カ月の間、タンザニアにボランティアとして滞在していた。「1年間海外生活体験をした中でも、タンザニアは世界で最も制約の無い場所だ」と言う。「地元の人々と一緒に働き、何か有意義なことをするために、ボランティアとして来ることにした」

ザンジバルの副大統領が亡くなって以来、アンドレアスさんの目には人々が疑問を持ち始めたように見える。「色んなことが変わり始めた。極端にではないが、変な雰囲気だ」

コロナを無視した国、タンザニア

タンザニアが新型コロナウイルス感染症の存在を公に認めたのは今年2月21日になってから。ジョン・マグフリ大統領は昨春、感染者が509人に増えたのを受け、市民に3日間の祈りと断食を呼びかけ薬草を推奨した。そしてウイルス消滅を宣言した。

大統領の61歳の死は、新型ウイルスの「第2波」到来と時を同じくする。大統領の急死を受け、サミア・スルフ・ハッサン副大統領が同国初の女性大統領に就任した。

ハッサン新大統領は半自治領ザンジバル諸島の出身で61歳。大規模インフラプロジェクトや汚職撲滅の推進で「ブルドーザー」とあだ名された故マグフリ大統領の政治的遺産を彼女がどのように継承するのか、国民は見守っている。

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(独語からの翻訳・フュレマン直美)

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